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マッスルメモリーは存在するのか?



 急速にデジタル化が進む現代において、あらゆる情報は保存され続け半永久的に残ります。その一方で、人間は時が経てばあらゆる情報を忘れてしまいます。しかし、そんな人間にも素晴らしい記憶装置(メモリー)が備わっているかもしれません。



 「マッスルメモリー」という理論をご存知でしょうか。マッスルメモリーとは、筋力トレーニングによって一度筋肥大が起きてしまえば、トレーニング中止期間が続き筋肉が萎縮してしまっても、再びトレーニングすれば短期間で元の筋肉状態に戻るという理論とされています。



 昔バリバリ運動をやっていた方や現在トレーニングをしている方にとって、マッスルメモリーの存在は非常にありがたいですが、マッスルメモリーについて科学的にどこまで立証されているのでしょうか?

 本記事ではそんな謎多きマッスルメモリーについて整理したいと思います。



 人体を対象に、マッスルメモリーという現象を初めて科学的に確認したのは、およそ30年前になります(Staron et al., J Appl Physiol.(1985), 1991)。

 

 女性6名を対象として、20週間筋力トレーニングを行い筋肥大と筋力を増加させたのち、30~32週間のトレーニング休止期間をはさみ、トレーニングを再開して(6週間継続)筋肉の状態を評価しました。

 

 結果として、トレーニング再開6週間後の筋力と筋線維の大きさは、最初に行った20週間のトレーニング後と同等までに回復しました(図1)。

図1:Staronら(1991)の報告をもとに作成


 この結果のように、トレーニング再開後は比較的短期間で中断前の筋力に戻ると報告した研究は多数あり、マッスルメモリーという現象はみられる、というのが現状の学説かと思います。



 マッスルメモリーという現象はみられますが、そのメカニズムについては不明なことが多く現在でも議論され続けています。現状でメカニズムとして最も有力な説は、「myonucler permence」と呼ばれている説になります。myonucler=筋核、permence=永続となりますので、直訳すると「筋核永続」説になるでしょうか。


 筋肉は多角細胞と呼ばれ、一つの細胞にたくさんの細胞核(筋核)を持っています。筋肉は、トレーニングの負荷により筋核の数を増やし、その筋核がタンパク質の合成を行うことで、肥大化していきます。つまり、より多くの筋核を持った筋は筋肥大に有利となります(図2)。




 トレーニングにより一度増えた筋核は、トレーニングを中断し筋肉が萎縮しても数は減少せずに保たれるため、トレーニングを再開したときに素早く筋肥大が起きるのではないかという考えが、myonucler permence説をもとにしたマッスルメモリーのメカニズムになります(図3)。しかし、このmyonucler permenceについて否定的な報告(筋萎縮によって筋核も減少する)も多数あり、未だ一定の見解が得られていないのが現状です。


 

図3 myonucler permence説


 上記のmyonucler permence以外にも近年注目されている説があります。それは、epigenetic(エピジェネティック)にマッスルメモリーが起こるという説です。エピジェネティックとは、「DNA塩基配列の変化を伴わない細胞分裂後も継承される遺伝子発現あるいは細胞表現型の変化」と定義されております。


 近年の報告(Seaboren et al., Sci Rep, 2018)で筋力トレーニングを行い筋肥大が起こると、筋肥大を促す反応を活性化するDNAの低メチル化が生じ、トレーニングを中止してもその低メチル化が維持され、さらにトレーニングを再開しても低メチル化は継続されることが明らかになりました。


 このDNAの低メチル化が継続されることがエピジェネティックなマッスルメモリーと考えられております。この新しいメカニズムに関しては、今後研究が進み検証されていくと予想できます。



 以上がマッスルメモリーに関して明らかになっている科学的な知見になります。マッスルメモリーのメカニズムを説明するにはまだまだ解決すべき課題が多い、というのが現状の立ち位置だと言えるでしょう。


 しかしながら、マッスルメモリーは現象としてみられることがわかっただけでも朗報です。トレーニング休止期間で筋肉が痩せてしまい落ち込んでいた方も、トレーニングを再開すれば元の状態にすぐ戻る可能性が高いといえます。


 また、マッスルメモリーが長期的に続くのであれば(永続的に続くと考えている研究者もいます)、将来を見据えて早くから筋肉を鍛えておくことは、老年期のQOLを高める上で効果的な手段と言えます。今後は、テクノロジーの発展とともに、マッスルメモリーの謎は解明されていくでしょう。その動向に引き続き注目していきたいと思います。

小田航平(理学療法士)

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